【異世界】世界B【怖い話・長編】

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【異世界・長編】
【怖さレベル】7.0

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これは俺がまだ20代で学生をやってた頃の話だ。

大学生活最初の二年間はうまくいっていたものの、二回生の終わりに最愛の妹を事故で亡くした。

歳はだいぶ離れていたけど、誇張表現なしで本当に仲が良く、あの子は俺の全てだったと言ってもいいぐらいだった。

それからの学生生活は悲惨で、学業にも就活にも身が入らず、留年がない学部で四回生にはなれたものの単位不足で卒業を逃してしまった。

四回生も二年目を迎え見事に一留という不名誉を被った。最愛の妹もおらず、目の前の全てに価値を見いだせず、あの頃はろくに学校にも行かず、バイトで稼いだ金を好き放題使って遊んでいるだけだった。

しかし、そんな日々も長くは続かず、人員整理のせいでバイトをクビになった。

バイトをクビになるなんて、今思えば本当に些細なことだったんだが、遊ぶ金の目星もつかなくなった俺は、もういいかなと思い、いよいよ自殺を決意した。

ある日の夕方、日が傾き始めた頃、俺は僅かな金銭とホームセンターで買ったロープだけを持ち、一人暮らしていたアパートを後にした。

この時、実家に戻って両親に相談でもすればよかったんだけど、留年した建前、家族仲も冷え切っていたから家にも帰りづらかった。

何より、妹の思い出が残るあの場所に帰りたくなかった。

当初、俺は電車に乗って某自殺名所に行き全てを終わらせる予定だった。

携帯や身分がわれるものは一切持っていなかった。

あの時は心の底から消えたいと思っていたので見知らぬ土地で名も無き死者、もとい無縁仏として葬られることにどこか憧れを抱いていたのかもしれない。

しかし、人生とは本当に思うようにいかないもの。

すっかり日が暮れて例の自殺名所の近くの駅にたどり着いたものの、サラリーマン風の男二人に絡まれた。なんとなく目を合わせたのがよくなかったようだ。

相手の言ってることは支離滅裂で恐らく酔っ払いだったのだろう。
俺は相手にしないで駅を出ようとした。

その直後、後頭部を激しい痛みが襲い、視界が一瞬真っ白になり、俺は前のめりに倒れこんだ。

暴漢たちはしばらく俺を蹴飛ばしていた。

正直悔しかったが、このまま死ぬのも悪くないかなとぼんやり思っていた。

やがて奴らは飽きたのか、奇声を発しながらどこかに行ってしまった。
夜も遅く往来の少ない小さな駅とは言え人はそれなりにいた。

なのに誰も倒れた俺の存在に気づいていないようだった。

荒れた酔っぱらいや、無関心を決め込む通りすがりの冷たさが俺の冷え切った心を更に冷たくし、自殺の決意を揺るぎないものとした。

俺は立ち上がると、痛む体を引きずって駅をあとにした。

ここから先は、殴られたせいか精神的にやけを起こしていたからかは知らないが、ぼんやりとしか記憶に残っていない。

とりあえず目的地の雑木林についた俺は大して周りも見ずに適当な木を見つけてロープをかけたと思う。あの時の心理状態は異常で、早く死なないと、という考えに襲われていた。

うまく言えないけど、まるで怖い夢を見たときに早く目覚めるように、夢の中で右往左往するような感覚に似ていた。

正に無我夢中だった。そこから先は本当に記憶にない。

確かなことは俺はそこで首をくくったということだ。

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不意に意識を取り戻すと、俺はとある街の中にいた。

日本のどこにでもある普通の街並みで某バーガーショップやビルが所狭しと立ってた。

そしてこれまたどこにでもいそうな人々が忙しそうに歩き回っていた。
しかし、そこは明らかに俺のいた世界ではなかった。

看板に書いてある文字は逆、よく見れば車の信号の向きも逆、車も右側を走っていた。

自殺をするために電車に乗ったことなど忘れて、俺はただひたすらに困惑していた。

すると、いつの間に俺の目の前に小さな男の子がいた。

その子の雰囲気は周囲の人々に比べて異質で、やたらと色白で金髪の髪、目は緑色だった。服装は七五三の衣装のようにきちっとしていて革靴を履いていた。

男の子と俺はしばらく無言で見つめ合っていたのだが、やがて彼は口を開いた。

「こんにちは、君はジツ(実?)の世界から来たんだね」

「は?」

俺は彼が何を言っているのか訳がわからなかった。

何かのアニメのセリフの真似でもしてるのだと思い、相手にせずに、たった今俺の横を通り抜けたOL風の女性にここはどこかを聞こうとした。

しかし、彼女には俺の声が聞こえていないようだった。

他にも、何人かの人に声をかけたものの、だれも俺の声が聞こえないようだった。

業を煮やした俺は、ゆっくり歩いていた老人の方を掴み、無理やりこちらに気づかせようとした。

しかし、その直後俺は大きくバランスを崩した。
俺の手は老人の肩をすり抜けた。

何が起こったのか訳がわからなかった。

すると、背後から声がした。

「彼らはカゲ(影?)だから君が触れることはできないよ」

振り返ると、先ほどの子供が微笑を浮かべて立っていた。俺は思わずゾッとして後ずさりした。

そんな俺を見て、少年はニコッと笑うと、

「ついてきて」

と言って、背を向けて歩き始めた。

正直、彼のことが怖くなかったわけではなかったが、他に行く当てもなかったのでついていくことにした。

少年は何も言わず前を歩いていく。

相変わらず周囲は鏡の世界のように真逆で薄気味悪く、俺はただ少年の背中だけを見ていた。

ふと、少年が立ち止まり振り向いた。

そしてイタズラっこのような笑みを浮かべると、右足の靴の裏を見せてきた。

俺は思わず吐き気を覚えた。靴の裏には潰れたバッタが二匹張り付いていた。

「さっき、踏んじゃったんだ。まあ、影響は些細だからいいけどね

少年の意味不明な言葉の真意を聞きたかったが、そんな間もなく、彼は再び歩き出した。

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一時間ぐらい歩いてたどり着いたのは小さな病院だった。

小さいながらも看護師や患者や見舞いの客らしき人々が大勢いてだいぶ賑やかだった。

俺が案内されたのは集中治療室のような個部屋で、ベッドの上には中学生ぐらいの女の子が寝ていた。

顔つきは全然似ていないが、死んだ妹のことがふと頭をよぎった。

両腕や頭には包帯が、顔には呼吸器が付けられ、危険な状態であることは容易に想像がつく。

「どうしてここに連れてきたんだよ?」

「・・・・・・」

俺の問いに少年は黙っている。

「この娘、どうしたんだ?」

俺は思わず少年に訊いた。

「怪我をしたんだよ」

「それはわかるよ、どうしてなんだよ」

彼の要領を得ない回答に俺は少しイラっとした。

やがて、彼は少しの沈黙の後口を開いた。

「実である君が君自身を傷つけた。だから君の影であるこの子も傷ついたんだ」

「はあ?」

「実と影は紙一重。まるでコインの裏と表のように重なり合い、影響し合っている」

彼はさらに言葉を続けた。

俺は説明が苦手でわかりにくいかもしれないが、覚えている限りの言葉をまとめるとこうだ。

俺のいた世界をAとし、そこは実と呼ばれる生物が存在している。

対して今俺のいる世界をBとし、そこは影と呼ばれる生物が存在している。

Aの世界の実は必ずBの世界の影の一つとリンクしていて互いに影響し合っている。

例を挙げるなら、Aの世界の何の変哲もない実の男性がBの世界の影の女性とリンクしているとする。

実である男性が交通事故で大怪我をすれば、影の女性も何らかの影響を受け大怪我をする。

その結果、実である男性が死ねば影である女性も死んでしまう。逆もまた然り。

しかし、同じ生物同士がリンクし合っているわけではなく、人間と虫、人間と植物という組み合わせも有り得る。

(Bの世界の影である雑草が草むしりか何かで抜かれてしまえば、そいつとリンクしているAの世界の実の人間がコロッといってしまうという話もあり得るらしい。)

実と影はリンクし合っていても、当然空間的に隔離されており、同じ空間にいても決して交わらない。

それで俺は何の因果か影の世界に迷い込んでしまったらしい。

彼の話を聞き終えた俺は頭がこんがらがりそうだったが、やがてひとつの結論にたどり着いた。

「おまえのさっきの口ぶりからすると、もしかして俺とリンクしている影はこの子なのか?」

「そうだよ、あっちの世界で君が死にかけてるからこの子も死にかけているんだ」

彼は一切表情を変えず淡々と語る。

すると突然彼女の様態が急変した。

呼吸が乱れ、とても苦しそうにベッドの上をのたうちまわっている。

再び妹の姿が頭をよぎった。

俺は廊下に出て助けを呼びに行こうとした。

しかし、病院に入ってくるときとは打って変わって人っ子一人いない。

それにも構わず、俺は大声で走り回って助けを呼ぶ。

しかし、院内には誰もいない。

ふと気づくと、俺は実であり影の世界のこちらに影響することはできない、つまり助けを呼ぶことができないということに気づいた。

「助けたい?」

突如後ろから声がしたので振り返ると、背後に少年が立っていた。すると、頭の中に突然少女の姿が浮かんできた。少女の顔は歪み、やがてぴったりと妹のイメージと重なった。

俺は少年に向き直った。

「どうすれば助かる?」

「簡単なこと。彼女の実である君があっちで息を吹き返して回復すればいい。お互いにリンクしあってるんだからね。影のこの子が死んでいないということは実である君もまだ生きているってことさ。まだ間に合う。僕にできるのはそのためのちょっとした手伝いぐらいなんだけど・・・」

「よくわからないけど、この子が助かるんだな」

「それは君次第だね」

俺たちが話しているあいだにも少女の様態はどんどん悪化していってるようで、廊下の向こうからものすごい悲鳴が聞こえた。

次の瞬間、俺は思わず少年の肩に掴みかかった。

「なんでもいいからやってくれよ!」

「もうあんなことしない?」

あんなこと・・・それが何なのかは聞くまでもなくわかった。

俺は少し黙って口を開いた。

「ああ、もう自殺なんてしないよ。妹の分まで強く生きてくからあの子を助けてくれ」

「今回だけだよ。あと、あの子が助かるかどうかは君次第だからね」

少年がそれを言い終えた瞬間、俺の意識は急に遠のいていった。

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次に意識が戻ったのは病院のベッドの上だった。

雑木林で首をくくって数分後、犬の散歩をしていた男性にすぐに発見され、危険な状態であったもののどうにか息を吹き返せたようだった。

窓の外の景色は知らない場所だったが、逆文字ではない看板が元の世界に戻ってきたことを証明していた。

目覚めてしばらくは、あれは夢だったのかと思っていたが、入院生活中に読んだ新聞に考えを改めさせられた。

意識を失っている数日間のうちに、二人のサラリーマンの怪死事件があったそうだ。

顔写真を確認したところ、彼らはあの夜俺に暴行を振るった酔っ払いに間違いなかった。

二人は全く別の場所にいたにもかかわらず、全く同じ怪死を遂げていたそうだ。

周囲に何もないのに上から何かに踏まれたかのように潰れて死んでいた・・・と。

俺の頭には少年が踏み潰した二匹のバッタが思い浮かんだ。

偶然にしては出来すぎているし、ぼんやりとだがあの世界は夢ではなかったと思うことにした。彼らはバッタとリンクしていたのか。

今でもあの少年の言葉が頭に引っかかっている。

『まあ、影響は些細だからいいけどね』

あの少年は一体何を言いたかったのだろう。

その後、俺はなんとか退院して大学を卒業し、それから数年かかったものの無事に仕事にありつくこともできた。

しかし、社会人生活は思った以上に大変でハッピーエンドとはいかず、「妹の分まで強く生きる」という自分の言葉が頭をよぎっても、最近は、あの時死んでしまっていたらどんなに楽かと思わないこともない。

そんな俺の意思に応えるかのように、最近原因不明の胸の痛みに襲われている。

こう、心臓が締め付けられるような感じの。

もしかしたら俺の影であるあの少女がまた死にかけているのかもしれない。

あんな大口叩いた建前、あの子には悪いけど今となってはなるべく早めに死んでほしいとすら思ってる。

死ねば全てから解放されるし、また妹に出会えるかもしれないから。

どんなふうに取り繕っても、結局俺にとっては妹が全てだった。妹がいなけりゃ生きていけない。そういうことなんだろう。

相変わらず胸の痛みは続いており、日に日に激しさを増している。

最近じゃ日に一回程度、血を吐くようになった。病院に通っているが、原因はわからないとのこと。

俺ももう長くないんだろうなと思う。まあ、もうすぐ楽になれそうだし悪い気はしないけどさ。

あの少年は一体何者だったのだろうか?

まあ、もしかしたら近いうち再会するかもしれないな。

〈了〉

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